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翌日の明け方近く、空き家の勝手口の軒下にはやはり黒い男の姿があった。雨こそ止んでおり昨日のような冷たさは無いものの、その代わり地下を流れる下水道が雨水で溢れ返り、裏路地にはヘドロが放つ卵が腐ったような異様な臭気が立ち込めている。男は刀の鞘が地面に付かぬよう、胡座をかいてその膝の上に置いていた。
「…昔話、だって?お前が?」
物音の無い闇の中、痣がひしゃげた声を上げる。男は反対に尋ねる。
「そんなに意外か?」
「そりゃ、お前何も喋らんからよ、俺と出会う前の事は」
痣に言われ、痩せた男はにわかに黙りこみ、数秒の思考の後ぽつりと呟く。
「…そうかもしれない」
「しれない、じゃなくてその通りさ。よくもまあ170年も黙ったままで居てくれたもんよ」
「お前こそ、よくもまあ170年も経歴の知れない奴と24時間365日共に居られたもんだな」
男が言うと、痣はけらけらと笑って、応えた。
「俺はお前が同族のもんだと分かりゃそれで充分なのさ。今時、俺らみたいな下位の幽鬼を体に飼う時代錯誤な変わり者は、同族の臭いが分かるお前くらいなもんだ」
男は応えなかった。そのまま、またしばらく押し黙る。どぶ臭い夜の空気が辺りの暗闇を支配している。溢れた下水が道の脇の小さな側溝へと流れて行く小川のせせらぎのような心地よい音が、嫌に大きく増幅されて聞こえた。
「…ほら、聞かせてくれよ」
意図的にその空気を断ち切った痣の声が聞こえた。
「相棒の初めての告白だ。耳かっぽじってしっかり聞いてやる」
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