くらがりの百足

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 およそ8万年前、急速な温暖化の果てに南北両極の氷河が融解、増加した海水の水圧に押さえられた海底火山が活動を停止し大気中の温室効果ガスが急激に減少、結果、地球に氷河期が訪れた。  地球が定期的に繰り返すのサイクルとしての所謂「氷期」への突入であるが、当事超情報社会の全盛期を迎え、国や個人の境目すら超越していた人類の文明はあえなく崩壊。難民となった人々は大挙して赤道付近の比較的温暖な地域へと殺到した。 「地獄絵図だ」 黒い男は言った。 「海路、空路、陸路。あらゆる手段で毎日数百万人の人々が、まだ雪に覆われていない赤道帯の地域へ逃げ込んでくる」 「随分長い間生きてんだな、想像以上だ驚いた」 「そりゃ、もう」 痣の言葉に応える。 「初めから全てを見てきたんだよ。ケーヒルと同じさ、奴は俺と違って魔力にも頼っているんだが…」 男は少し間を開けて、続けた。 「…全盛期は200億あった人口は環境変化の煽りをまともに受けて急速に減少してはいたが、本格的な氷期に入った最初の20年の間に20億以下にまで減少した。食糧難は深刻で、もう10年経つ頃にはさらに半分減った。ありとあらゆる人種が各地でコミュニティを形成し、スラムとなり、地上は犯罪と死体で溢れ返った。そら悲惨なものだったさ、寒さで死ぬのならまだいい。コミュニティ同士の争いに巻き込まれて殺されでもしてみろ、その死体はあっという間に肉を削がれて骨になり、気づいた頃には人々の胃袋の中」 「人間も共食いすんだな」 「いざとなればな」 足を組み直し、思い出すように続ける。 「下らない時代だったが、今の俺の全てがあそこにあった」
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