くらがりの百足

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 路地の反対側の入り口に人影が見えた。  男は即座に刀を抜くと立ち上がり、切っ先を立てたままじりじりとそれに歩み寄る。その外套を纏ったように見える影は男の行く手を遮るように仁王立ちし、距離を詰められることもまるで気にしていないかのようにびくともしない。何かに気付いた黒い男はおもむろに立ち止まると、薄明かりに鈍く反射する刃の先を翻し、振り返りざまに自分の真後ろに向かってそれを叩き付けた。  手応えはあったが、仕留めることは出来なかった。背後には正面にいたはずの外套に身を包んだ何者かが忍び寄り、まさに男の頚を掴んで掻き斬らんとするその瞬間であった。思わぬ反撃を受けたその人影は後ろに飛び退き、宙を舞って建物の壁づたいに遥か屋上まで退散して行く。 「追え!!」 痣が怒鳴る頃には男は走り出していた。  人通りの少ない表通りに飛び出し頭上を見上げると、影が隣の建物へと飛び移ったのが見えた。刀の一撃が効いているらしく、4階建ての屋上まで駆け登ったことで力を使い果たし、明らかによろめいている。男はその建物の壁の錆びた鉄パイプに足をかけ2階の部屋のテラスに飛び乗ると、そこから腕力頼みに懸垂して3階のテラス、4階のテラス、そして屋上へとものの数十秒で一気によじ登った。  影はそこにいた。追手の到達を確認するや否や慌ててさらに隣の建物へと飛び移ろうと試みるも、その建物がさらに2階ほど高くテラスやパイプなど掴める物が見当たらないのを確認すると、腹を括ったかのように男の方を向き直り懐から短刀を抜いた。その息は荒く、後ずさりする足下にぼたぼたとかなりの量の血液が滴り落ちていた。 「何も殺そうとは思っていない」 男は影に言った。 「話を聞きたいだけだ。お前を俺に仕向けた阿呆は誰で、どこにいる」 外套を纏ったそれは苦し気に呻くが、しかし口を割らない。 「そら見ろ、言った通りだ」 痣は呆れたように言ったが、男は相手にせずもう一度問い質した。 「リゼか?」 外套は応えない。男は言った。 「影法師の魔術を使える奴なんてそうそういるもんじゃない。つまらん昔話を大声で喋り倒したところで意味の分かる奴も然り、お前が背後にいることは分かってんだよ、リゼ。ああ、確かにお前は俺の敵だし、そのうち始末する事になるだろう。けれども、お前が乗っ取ってるそいつに落ち度は無いだろう?」 男は腰を低く構え、外套の向こうにいる者に語りかけていた。
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