くらがりの百足

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 男は刀を下段に構えた。彼の太刀捌きの速さからすれば、目の前の手負いの何者かを始末することなど雑作もない。霞がかった空に薄く朝焼けが差し込みはじめ、昨日までの雨に濡れた街のどぶのような臭いが鼻をつく。男は姿勢を崩すことなくそのまま足を擦り、じりじりと距離を詰める。外套は自らの血溜まりを踏み越え、後ずさりするものの、程なく隣の建物の壁際まで追い込まれた。 「手間取らせるなよ」 男は言った。 「もう勝負はついている。そのノロっちい操り人形で俺に勝てるわけがないだろう」 しかし外套は取り出した短刀を下ろすことはない。それどころか残った体力を振り絞り、姿勢を低く保ったまま男の出方を伺っている。男はため息をついた。そこから下段の刀を刃を裏返し、峰打ちの姿勢をとる。それを確認するや否や、外套は甲高い女の声の悲鳴を上げ、正面から突進してきた。  勝負は一瞬でついた。男は初撃を雑作もなくかわすと、振り返りざまに峰の一太刀を相手の後頭部に当てる。高硬度の物同士のぶつかる鈍い嫌な音がしたと同時に、相手は呆気なくその場に崩れ落ちた。 「首を触られた時に気付いたが、嘘であってほしいぜ全く」 男はすぐさま倒れた相手を抱き抱える。 「金属の頭蓋骨、きっと中身は複合素材だ。今日日、こんな奴そうそういねぇ」 そして、外套のフードを乱暴に脱がせた。  女だった。せいぜい十代半ばにしか見えない幼い顔に見合わぬ絹のような白髪が、ぐったりと意識を失った顔の上に流れている。ドロドロと血液が流れ落ちる音がした。よく見ると、鳩尾の少し下あたりがかなり広範囲に渡って赤黒く濡れている。黒い男は目に見えて不機嫌な表情を浮かべた。 「おい待てよ、こいつは!!」 痣が動転した声で叫ぶ。 「クランケの嬢ちゃんじゃねぇか、こんな所で何してんだ!?」 「どうしたもこうしたも」 男はまくし立てた。 「いいように使われたんだよ。確かめたい事がある、時間が惜しい。脚のカバー頼む」 「クソ、よう分からんが先手を打たれたみたいだな」 痣が苦々し気に応えた刹那、男の太股から足先にかけて、その太さが目に見えて増大した。かなり余裕を持って着ていた明らかにサイズ違いの黒いズボンは太くなった筋肉ではち切れんばかりとなり、適当に履いてきた草履の緒は指の太さに耐えきれず音をたてて千切れ飛ぶ。同時に、男は屋上から裏路地へと、女を抱えたまま飛び降りた。
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