くらがりの百足

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 かまかけのつもりで繰り出した左の拳が広い下顎に吸い込まれた。  重い鼻息を伴ってぐらりと後方へと揺らいだ2メートル近い眼前の巨体を蹴倒すと、小柄な男は腰の刀に手を伸ばし、抜刀動作そのままの流れで獲物の頸を浅く掻く。固い煉瓦の地面で鋼の歯を無駄にすることを避けるためだが、噴水宜しく舞い上がった血飛沫を浴びて男は若干後悔の表情を浮かべる。獲物はしぶとく4、5秒の間悶えた後立ち上がろうと試みたが、大人一人通る幅しかない路地裏を塞がんばかりに、貧血を起こしてあえなくうつ伏せに倒れた。  月明かりの届かない中に、血溜まりは辺りの気配を吸い込んでただ黒い塊として浮かび上がる。これ以上返り血を浴びないよう片手に刀を握りその重量に任せて頸椎を叩き斬り息の根を止める。一仕事済ませた男は刃に付いたどす黒いものを振り払うと、裾を膝下までたくし上げた黒いズボンのポケットからぼろ布を取り出しそれを軽く撫でるように磨き、また流れのままに腰の鞘へと仕舞う。既に息絶え生温かい新鮮な肉塊と成り果てた血みどろの獲物を不快さをもって一瞥した後、彼は唾を吐いてその場を離れた。
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