くらがりの百足

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 丸2日、男は自室に籠りきり本棚の書物を読み漁った。もはやこの世界に存在しない古代の言語で書かれたものであった。男はそれを「英語」と言ったが、痣はその事自体に興味は無く、あくまでこの男がこれから何を為そうとしているのかと言う一点のみに着目していた。 「読みが当たった」 男は言った。痣は男の喋るがままにさせた。どうせ聞いたところで理解できることではないからだ。 「蓋を開けてみれば、魔法も科学も同じものだ。どちらも物の道理の上でしか働かない。前者は個人の特異体質で、後者は理論と技術で、世界共通の理の一部を人為的に作用させている。前の文明の終わりの頃、人類は気付いちまったんだ。自分達のちっぽけさ、世界の偉大さ、だからこそ可能な発想の転換による道理と世界の私物化。意味分かるか?」 書物に目を通しつつ、男は時折、研いだ羽根をインクに浸したもので手元の紙切れに何やら書きなぐっている。 「それじゃつまり、」 痣が言った。 「お前らの時代じゃ魔法も科学もいっしょくただったのか」 「魔法が科学に吸収される形でな」 男は言う。 「手法が違うだけで、やっていることも働く原理も同じ。覗く窓が違うだけで追い求めていたものは同じ。宗教と魔法が今の時代の鑑なら、前文明にとってのそれらは科学だった。そしていつの時代も、その双方を言語が統べていた」 古い木の机に置かれたカップの水を一口飲む。 「…言語は人類そのものだ。宗教が発展しなかった土地、科学が伝わらなかった土地はあれど、言語を持たないコミュニティ、文化、文明は人類史上1つたりとも存在してこなかったし、これからだってそうだろう。つまり言語は人類や、俺達のような鬼、エルフと言った高度に発達した社会を持つ種族をがんじからめにしている呪いみたいなものなんだ」 少し、笑っているように見えた。 「だから効くんだ」
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