くらがりの百足

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 窓の外の雲間から夜明けを告げる白い光が差し込んでした。  2日間の不眠不休の作業の末、男は数枚の原稿を作り上げた。それに何が記されているのか、作業を見守った痣には分からなかったし、それそのものにさほど興味はなかった。  作業を終えた男は風呂場へ向かって上着を脱ぎ捨てると、銅の桶一杯に水を汲み、それとは別に干されていた布切れに蛇口から出した水を含ませて絞り、左の肩口に当てると力一杯それで腕を擦った。 「…よしよし」 すると、体表を覆う薄皮が、パリパリと軽い音を立てて引きちぎれ、まるで爬虫類の脱皮が如く剥がれた。それはわずかに換気口から漏れている朝の光を銀色に反射しているように見えた。 「わざと寝ずに体に負荷をかけて代謝を早めたな?」 痣が呟き、男は頷く。 「まだ早くて量が少ないが、恐らく問題ない」 男は、自らの体から剥がれたそれを桶の水の中に落とす。薄皮は水面に浮かぶと、しばらく漂った後、泥で造った船が崩れるかのように不意に水中に霧散した。 「陳腐な罠だが、奴は引っ掛かるだろう」 男は言った。 「逆に引っ掛からなければこれで終わりだ。この手が通じるのは金輪際1回きり、だけど多分、今回だけで充分な成果が上がるはずだ。少なくとも直接対決には持ち込める」 「対決だけでは不足だろ」 痣が言った。男は溜め息を吐いて、言った。 「確実に仕留める」 これで文句無いだろう、と呟き、結局左腕全ての薄皮をそこへ落とし、その場を離れた。
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