くらがりの百足

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 地下へと延びる短い階段を下り、そこに現れた何の飾り気もない埃臭い石の扉を、またノックもなしに開く。痣はしゃがれた咳払いで暗に非難するが、男はお構いなしである。盛大にきしんだ後開け放たれた扉は二重扉になっており、その2枚目の扉もやはり、男の手によって開け放たれるのであった。  溢れんばかりの光が漏れだした。闇に慣れた男は思わずカンテラを持った腕でその目を塞ぐ。 「ケーヒル!」 痩せた男は光の中に向かって叫んだ。 「仕事の時間だ、とりあえず明かりを落とせ」 「それは無理な要求だ」 光の中で、何者かが悠然と応えた。壮年の男の声であった。 「私の子供たちが死んでしまうだろう」 「短時間なら問題無いだろ。俺は闇の中歩いてきたんだ、目がつぶれる」 「お前の網膜はそんなにヤワでは無いはずだが」 ふっ、と、突如明かりが弱まった。痩せた男は顔をしかめながら腕を下ろす。 「さあ、話を聞こうじゃないか、『宵闇の迷い子』」 「黙れ爺、そっちが先だ」 そこには、まさに異世界が広がっていた。  建物の地下から上層階までをぶち抜いて造られた高いスペースを一杯に埋め尽くさんかのごとき、巨大な楕円形のガラス球。高さ15メートルはあるだろうか。中には広葉樹のちょっとした雑木林が広がり、奥行きは計り知れない。その足元を小川が流れ、流れの先で池となって広がっている。苔むした地面。小鳥が数羽、突如落とされた明かりに驚きけたたましく鳴いた。 「12年と168日。悪くない」 その外に一人、長い灰色のマントを羽織った、長髪の男が佇んでいた。黒の男は言った。 「昨日始末したリゼの手下だが、あんたの『予想』と違って何の情報も持たない三下だった。今じゃ見ないほどでかい奴だったから魔法でどうにかしているのだろうが。次の手を聞かせてもらおうか」 「ふむ…」 壮年の男は長い灰色の顎髭をたくわえていた。マントの下には地面に触れるほどの長いローブ。その黒い瞳は潤んでいるかのように光を反射し、憂いを帯びていた。 「尾行や襲撃の類いが急増して2年、防戦一方であった敵方が明らかに方針を変更してきている。こちらとしても、多少危ない橋を渡る時が来たのかもしれんな」 「今さらだぜ、ケーヒルの旦那」 痣がひしゃげた声を上げる。ケーヒル、と呼ばれた男は真っ直ぐに黒い男を見据え、言った。 「だが遅すぎると言うこともなかろう」
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