くらがりの百足

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 明くる日は明け方から気温が高く、分厚い雲から弱い雨が降り続く重苦しい天気であった。  痩せた男は自宅の大袈裟な椅子に深く腰掛け、首からタオルをぶら下げたまま風呂上がりの一時に惰眠を貪っている。すぐ隣の木製の小さな机には入れられてやや時間の経った麦の茶が、磁器のカップを結露させている。台所では薬草の束がポンプで汲み上げられている地下水に晒され、桶を溢れた水が一定の調子で石造りの流しを叩いていた。  布で覆われた窓の外のテラスの枠に、シジュウカラが一羽降り立った。それは部屋の中を覗き込むように数度枠の上を行き来し、布をその小さな嘴で持ち上げようと試みたが、やがて諦め、鋭く一つ鳴き声を上げた。 「相棒、お客さんだ」 服の下から痣がひしゃげた声で呼び掛ける。男はふと目を覚ますと、窓の外の小鳥の姿を一瞥し、伸びをしてあくびを噛み殺すと立ち上がり、窓の外の布を持ち上げてそれを室内に招き入れた。 「…雨の中、わざわざご苦労なこったな」 シジュウカラは室内に入り丸木椅子に留まると、そこから急激に膨張し、小さな爆発音と共に破裂した。 「誰のせいでこうなったと思っているんだ」 羽が1枚飛び、白煙が上がる。 「会議を抜け出す苦労を少しは労ってもらいたいね」 その中から、小太りの髪の薄い男が現れた。赤地を基調に金や銀の装飾で飾られた豪華な衣装、胸元の勲章、革のブーツ、足まで届く長いマント。腰には飾りの短刀が鞘に納められて提げられている。 「時間が無い、手短に話すぞ」 「はいはいどうぞ、少将殿」 痩せた男は茶化したが、少将、と呼ばれた軍人風の男はそれを無視し、咳払いをして続けた。 「ケーヒル卿からの通報で回収したあの化物の死体だが、朝までの検分でわかったことは、あれは魔力で合成された合成獣では無いと言うことだ」 一瞬、黒い男の瞳に光が差した。 「…続けて」 「その根拠だが、キメラ特有の縫合跡が体のどこにも見当たらなかったこと、虫の腹部と手足、人の女の胴体をもちながら、虫の外骨格と人の骨格が隙間なく融合していたこと、そして体内の器官が繁殖を前提に構成されていたことだ。いずれも、キメラでは決してありえない」 「…なるほど」 「以上だ、俺は帰るぞ」 軍人はそれだけ報告すると、勢い良く席を立つ。 「しくじるなよ」 髪の薄い男は落ちていた羽を拾い、言った。 「支払いは、いつもの手筈で」
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