第1章

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 エンジン音を響かせて、車が静かに動き出した。  今日は目隠しもされていないため、移り変わる景色がやけに新鮮に思えた。それと同時に、竜胆寺家の大きさを再確認する。庭というか運動公園みたいな広さだ。  大きな門を抜け、車は丁寧な挙動で学校を目指す。  この車に初めて乗ったときも思ったが、うちにある車よりもずっと静かで、それでいて力強い。無理なく加速していくのがわかる。  自宅からは二駅くらいしか離れていないので、この辺の景色は見たことがあった。 「いきなりであれですが、私と携帯番号を交換しましょう」  千鶴からそんなことを言われた。でも、断る理由はどこにもない。 「うんわかった、交換しようか」  携帯番号の交換は数秒で終わった。 「困ったことがあったら連絡をください。すぐに駆けつけます」 「その時が来たらそうしようかな」 「一応ですが大事なお客様なので。竜胆寺家にいる間はキチンと面倒をみさせてもらいます」 「ああ、うん。なるほど了解」  これだけ竜胆寺に忠実なメイドだから、それも当然か。でも一応を何度も言われると少し、いやかなり遠慮してしまう。 「あとは架さまと爺、竜胆寺本家の電話番号はこちらになります」  彼女は自分の携帯を差し出してくる。私はそれを受け取り、一つ一つ入れていった。  そうこうしてるうちに校門の前に停止した。 「さあ行くぞ二人とも」  我先にと車から降りた架くんが先導してくれる。  そして私が自発的に降りる前に、小宮さんがドアを開けてくれた。 「すいませんいろいろと」 「いえいえ、女性に優しくするのは当然のことですよ」  小宮さんの笑顔は本当に優しい。私も思わず頬がゆるむ。それに「これも仕事だから」などと言わないところが紳士だ。 「ぼーっとするな、お前はこれから教室で勉強だ」  架くんは乱暴に私の手を掴んで、強引に引っ張った。 「ちょ、ちょっと! 痛い痛い! 自分で歩けるから!」  後ろからは、三つの鞄を持った千鶴がついてくる。  結局昇降口で少し時間をもらったくらいで、あとは架くんのペースだった。手を引かれたまま教室に到着してしまう。  でも、最初よりも手を握る力が緩かったのは、彼なりの気遣いなのかもしれない。 「まずは数学からだ。ノートと参考書はこちらで用意してある」 「なにからなにまでありがとうね」 「これは俺のためでもある。気にするな」
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