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日本でも屈指の富豪。その次男である、竜胆寺架(りんどうじかける)くんだ。
一応はお互いのことを知っている。しかし、直接面と向かって話をしたことなど数回しかない。しかも必要なときだけ。それなのに、なぜ今このタイミングで私に話しかけてきたのだろう。親しくもないのに、あんな口調で接されなければならないのだろう。
「その意気やよし! 爺! 千鶴(ちづる)! 屋敷に連れて行くぞ!」
私は言葉の意味を飲み込めなかった。
「ほいっ」
その声と共に背後からなにかを被せられ、私の視界は閉ざされた。目の前は黒一色。
「ひゃっ」
「少し揺れるが気にするな」
そして担がれた。うつ伏せの状態でお腹を担がれ、頭も足も宙ぶらりんだ。
「なに! なんなの!」
「案ずるな、お前をフったあいつを見返すのだ。そのために、竜胆寺家につれていく」
左右交互に足を振り上げては下ろす私。なんとか脱出しようと試みるも、私を担ぎ上げたであろう人は全く動じなかった。
「あまり暴れるとショーツが見えるぞ」
私は慌ててスカートを抑える。しかし体勢的に厳しく、かろうじて指先がかかる程度だ。
「恥ずかしい……」
こんな格好、人には見せられない。
「すぐに車だ。我慢しろ」
「本気で連れていくつもりなの?」
「男に二言はない」
男らしかったが、そんな男らしさはいらない。
「もー! おろしてよー!」
私の叫びは、むなしく空気に溶けていった。
竜胆寺家は非常に大きい。門からお屋敷までは車でも時間かかるし、敷地内にはお屋敷以外にもたくさん家があったし、なんかもういろいろすごい。
ちなみに、私の上半身を覆っていたものは、門をくぐったときに取ってもらった。
ここに来るまで、メイドの橘千鶴(たちばなちづる)さんに話を聞いた。
千鶴さんは架くんのお就きらしく、私に目隠しをした張本人だ。声も小さめだが、身体も小さめ。腕や脚も細く、一部の人には大人気な体型をしている。
「どうぞ」
タキシードのおじいさんが、車のドアを開けてくれた。この人はこみやせいしろう(こみやせいしろうさ)さんと言うらしく、これから運転手をしてくれるのだと千鶴さんは言っていた。
「さあ行くぞ! 一之瀬陽!」
目の前に現れた架くんは私の名前を呼び、強引に手を取った。
さり気なく私と架くんの鞄を持った千鶴さん。運んでくれるということか。
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