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「いま戻ったぞ」
言いながら、両手いっぱいに酒瓶を抱えた魔王の姿に、勇者はぎょっとした。
魔王の頭には蜘蛛の巣がひっかかっており、豪華な衣服も汚れていたからだ。
「……ひとつ聞くが、もしや迷ったのか?」
自分の城でと暗に言っている。
魔王はそれには気付かず、
「いや。古い落とし穴に落ちてのぅ。危うく死にかけたわ」
言いながら、酒瓶を床に並べる姿は、もはやラスボスの威厳もない。
「……俺が行ったほうが良かったかもな」
「いやいや勇者よ。そなたは客人。客人に動いてもらうわけにはいかんよ」
勇者は床から身を起こすと、酒瓶が並べられたところまで、膝歩きをする。
魔王は酒瓶が割れてないことにホッとしつつ、何か忘れていることに気付き、叫んだ。
「勇者よ、すまぬ!」
「なにが?」
「つまみを、つまみを持ってくるの忘れた!」
「気にするな。俺は飲むとき食わないたちだ」
「そうなのか……?」
安堵の息を吐いて、魔王は酒瓶を並べ終えて、また叫んだ。
「すまぬ、勇者!」
「今度はなんだ?」
「杯を忘れた!」
「必要ねぇだろ」
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