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ガッターン!
一階から聴こえる何かが倒れる音。
ダイニングテーブルの椅子の音だ。
ああ、また。
「翔太! 翔太っ!」
階下で怒鳴る醜い生き物。
あいつは化物だ。酒を飲んで顔を真っ赤にして暴れまくる。あいつのせいでお母さんは身体を壊して入院している。兄ちゃんは大学へ逃げてしまった。
僕は一人だ。
壁の時計を振り返る。
もう、本当なら兄ちゃんが戻ってくる頃なのに。今日は帰りが遅い。兄ちゃんが帰って来ない日ならとっくに外へ逃げ出しているのに。
用意していたハシゴを確認する。ロープと太い木で作った。僕と兄ちゃんの手作りのハシゴ。『いざとなったら、窓から逃げるんだ』兄ちゃんの声が頭を過ぎる。
「おい! 翔太! 聞こえないのかっ!」
怒鳴り散らす化物。
昔はあんなんじゃなかった。いつも穏やかで優しくて、いろんな事を教えてくれた。『お父さんは悪くないのよ? お酒が悪いの…』お母さんが繰り返し僕たちに言い聞かせていた言葉が、ふと蘇る。
いつか元に戻る。優しいお父さんに戻る。そう、願っていたけど……
いつ二階へ上がってくるか……このドアを蹴破るか……。
理不尽に受けた暴力を思い出すと足元から恐怖が這い上がってくる。
もう、限界だよ。
兄ちゃんへメールし、用意していたリュックを背負い窓からハシゴを垂らした。
深夜二時。隣りの家の住人も、この時間なら眠ってるだろう。あいつが暴れて、部屋をめちゃくちゃにして、疲れ果てて眠るまで、兄ちゃんが戻ってくるまで、外へ逃げるんだ。
そう決めた僕は部屋のドアに鍵を掛けて電気を消した。そしてハシゴを使い、部屋の窓から脱出した。
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