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「ハァ……ハァ……」
何がなんだか分からない。信じられない。
どす黒く濡れて光る包丁と、血のべっとりついた手を無表情で見ていた兄ちゃん。固まっているみたいだった。自分のやった事が信じられない。って顔してた。
……なのに……
『多分……弟が……やりました』
なんで? なんで? 兄ちゃん!
どこをどう走ってきたのか分からない。気が付いたら神社のある裏山に来ていた。
もう走れない。動けない。手も指も力が入らない。全身がガクガク震える。
怖い。怖いよ。いったい何が起こってるんだろ? 僕は……殺人犯になるのか? もしかして警察は僕を犯人だと思って探しているのだろうか? 捕まったらどうなるの? 嘘をついたって事は……兄ちゃんが刺したんだ。自分が刺したのに、僕が刺したって言ったんだ。とにかく、兄ちゃんからも逃げないと。
微かに、ひぐらしの鳴く音が聞こえてきた。
ああ……もうすぐ夜が開ける。どうしよう。どこへ逃げたらいいの?
「んにゃ?」
その時、聴こえた猫の声。
振り向くと黒というか…グレーの猫がこっちを見ていた。あの変わった色、ピンクの首輪……駄菓子屋の店の猫だ。あそこのおばあちゃん、いつもなんて呼んでたっけ? えっと……あ! 思い出した! 「ミーコ」だ。
神社の賽銭箱の上を器用に歩く猫。
そうだ……小学生の頃よくここで遊んだ。みんなで山の中を探検したり、段ボールを持ち寄って秘密基地を作ったり、かくれんぼをした。僕はかくれんぼが凄く得意だった。
その時、見つけた……僕だけが知っている秘密の隠れ場所。
僕はその中へ四つん這いで潜り込み、どうにか入口を塞いで膝を抱えた。
皮肉だ。まだ、隠れる事が出来た。
僕はその中へ身を潜め、震える身体を抱えて目を閉じた。
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