暗がりの夢

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「そうですね……ここのところの暑さには、わたしも辟易しているところです」 「ははぁ」 首縄さんは笑うと、どこか恐ろしげな感じがする。なんと言えばいいのだろう。絶対に笑うはずのないもの。例えば人形をふと見たら、笑みを浮かべていた、というような。 あるいは――そう、〝昆虫〟。笑みを形作るわけがない、あの無機質な生命が、人間に溶けこむようにして、笑みを浮かべているような――そんな雰囲気があった。 見ていると、不安になる。 〝不安定〟になる。 「首縄さんは……その、なんと言うのでしょう、暑さには弱いタチなので?」 「あら、どうしてそうお思いに?」 「会うたび、毎日のように浴衣を着ていらっしゃるので……」 「ああ、なるほど」 首縄さんは、自分の浴衣の襟元を軽く引っ張って、納得したように頷いた。鎖骨の辺りがあらわとなって、少しだけ、気恥ずかしい気分になる。 「いえ、これは別にそう言うわけで着ているのではないのです」 首縄さんは、何処か懐かしむような声音で言った。 「なんと言えばいいのでしょうね。そう。習慣。癖……でしょうか。子供の頃から着ていたものなので、慣れてしまっているのです」 「子供の頃から、ですか」 はて。首縄さんの子供の頃とは、一体全体どのようなものなのだろうか。全く想像もつかなかった。それは例えば、等身大の人形の子供の頃を想像するような、そんな無意味な行為に思えてならなかった。 しかし、子供の頃から浴衣とは……もしかすると、相当、良家のお嬢様だったりするのだろうか。言葉遣いからも、品格が見て取れる。品格が〝出来過ぎていて〟どこか偽物のように思えてしまうほどだ。 私は言う。 「とすると、その番傘も?」 「ああ……これはそう言うわけではないのです……そう、これは貰い物で」 「貰い物」 「ええ、兄からの」 ははぁ。首縄さんに兄が居たとは初耳である。まあ顔を遭わせても、さほど込み入った話をすることは余りなかったから初耳で当たり前ではあるのだが。――こうして、首縄さんの話を聞くのも中々新鮮な感覚だった。 「お兄さんがいらしたんですか」 「ええ、居ました……ただ、もうおりませんが」
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