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お兄ちゃんが階段の下でお母さんの喉元に喰らい付き、おびただしい血が、お母さんのエプロンを濡らしていた。
「きゃあああああああ!」
私は喉が裂けるほど叫んだ。もうお母さんの目は虚ろに開いているだけで、生の気配を消していた。なんていうことを。私の頬を涙が伝った。
振り向いたお兄ちゃんの口からは、真っ赤な鮮血が滴り、腐った皮を伝って廊下に血溜まりを作っていた。
お父さんは、まだ会社から帰っていない。助けて、お父さん!
私の太ももを熱いものが伝った。
「だめじゃないか。かおり。いい年をしてお漏らししちゃって。」
お兄ちゃんが笑っているのかどうかわからない顔で階段をゆっくりと昇ってきた。
私は素早く、部屋に引き返して鍵をかけた。
ドンドンドンドンドンドンドンドンッ!
執拗にドアが叩かれる。
ドカッ、ガツン!ドガドガドガ!
お兄ちゃんがあらゆるものを使ってドアを破壊しようとしている。
逃げなくてはいけない。
その時、外で車が止まる音がした。お父さんが帰って来たんだ。
慌てて窓から覗くと、お父さんは車から降りて玄関のドアを開けようとしていた。
「お父さん!助けて!」
私が叫ぶと、ドアを叩く音が止み、ドタドタと階段を走って降りる音がした。お兄ちゃんだ。お兄ちゃんはお父さんまで殺す気なんだ。
「お父さん、逃げて!」
ドアを開けたお父さんが一瞬、二階の窓から覗く私の顔を見上げた。
その瞬間、お父さんの姿が消え、玄関のドアがバタンと乱暴に閉められた。
「うぎゃああああああ!」
今まで聞いたことも無いような、お父さんの叫び声が響いた。
喉を食い破られたお母さんの姿が一瞬目に浮かぶ。たぶん、お父さんも今、同じ目に遭ってる。
どうして?なんでなんでなんで?こんなことに。
私が悲しみに暮れている間にも、お兄ちゃんの足音がまた、近づいてきた。
もうお父さんの声もしなくなり、不気味な静けさの中、お兄ちゃんの足音だけが、私の耳を捉える。もう一刻も考えている余地は無い。
私は、二階の窓から飛び降りた。
それと同時に二階の私の部屋から大きな物音がした。
きっとドアを壊された音だ。
私は恐る恐る、二階の窓を見上げると、お兄ちゃんが下を見下ろし
おそらく笑った。遠くて表情はわからなかったが、声が笑ったのだ。
私は足がガタガタと震えた。
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