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「もう帰ったらどうだ? こんなショボくれたパン食ってるよりは、オカネのかかった豪勢弁当を摘まんでた方が、何倍もいいんじゃないのか?」
千里は、数年前のことを思い出していた。
新入生の杏子。昼時になると、中庭の真ん中で大勢のメイドに囲まれながら、パラソルの下で涼みながら優雅に昼食をとる姿が一時期、話題となった。仕事が早くて有名な新聞部が発行している校内新聞の一面をかざったことも、数えきれないほどだ。
「割高とはいえ、私立学園のはしたパンなんて、たかが知れてるだろ?」
そもそも杏子が購買に走る理由が、いまだにわからない。難ある性格をしていようが、座って待っていれば豪勢な食事が目の前に勝手に出てくるような、格式の高い一族の者だ。運動があまり得意でない杏子が、なぜわざわざ汗水を垂らしてまでこのパンを買いに来るのかが、千里には甚だしく疑問だった。“あのお嬢様が汗を流してでも手に入れたい絶品!”と新聞での宣伝効果は抜群らしいが。
「……特に理由なんて、ありませんわ。あたくしはこのパンが食べたかったから買った。ただのそれだけですわ」
「ふーん、そっか。案外庶民的な食べ物が好きなんだな。ちょっと安心した」
「……どういう意図がおありでそのような発言が?」
「いやほら……あんたって絵に描いたようなお嬢様だからさ。あたしとは住む世界が違うし、もっと取っ付きにくい奴かと思ってたけど……。そんなちゃっちぃパンも食べるってわかったら、なんか……ちょっと親しみが沸いたっつーか」
「………………」
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