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一瞬だけ、杏子の表情が曇った。けれどすぐにいつものような自信溢れる顔付きに戻り、
「で、ではあたくしは、そろそろお暇致しますわ。いいですこと? 澄谷さん、明日は絶対にあたくしが、二個ともパンを買い占めて差し上げますわ! おーほっほっほ! 楽しみに待っていなさい!」
「お、おう」
「えと、そ、それと」
「?」
「……あ、ありがとう……ございますわ。少しばかり……元気を頂きましたの」
「えっ」
まさか杏子から礼を言われるとは思ってもみなかった。意外性に驚いていると、
「……あ、明日こそは! 覚悟しておきなさい!」
杏子は顔を真っ赤にしながら逃げるように階段に向かって行き、転げ落ちたんじゃないかと思うほど一瞬で見えなくなった。
「………………」
屋上に取り残された千里は途方に暮れる。
最後のひとかけらを口の中に放り込んで、そういえば名前を呼ばれたのはさっきが初めてだと気づいて、声も出さずに一人で鼻で笑った。
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