アンズを求めて三千里

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  「こらぁっ! 澄谷!」  四時限目が終了した直前に――というかまだチャイムが鳴っていないにもかかわらず、千里は走り出していた。そんな細かい事にいちいち構ってなどいられない。あのパンは自分が在学中、ずっと自分のものなのだ。  女担任教師の注意を無視(スルー)し、千里は教室をあとにする。  昨日のあれは、一時休戦だ。情に流されてはいけない。勝負とは公明に正々堂々。向こうもそれは、十分承知していることだろう。本日も全力で邪魔をしに来るに決まっている。 (でもあいつ、なんか様子がヘンだったな……)  特別親しいわけでもない、毎日顔を合わせていると言っても、所詮はライバルのような存在だ。言葉いらずで察せられるほど、杏子のことを理解しているつもりもない。ないのだが、なんだか少しだけ、無理をしている気がした。うまく言えないが、無理やり“お嬢様”を気取っているような……。 (今日、会ったら聞いてみるか)  両者ともお互いを嫌ってはいるが、昨日は普通に会話が成り立っていた。と思う。  昼休み開始のチャイムが鳴り響いた。とほぼ同時に、購買部に着いた。 「お姉さん、いつものを」 「あらあら千里ちゃん。毎度毎度、早いわねぇ~。はい、一等賞どうぞ」  購買部の女性から、一日二個限定のYC3パンを受け取って、代金を支払う。二年生の頃から何かと世話になっているこの購買部の女性は、千里にとって唯一気を許せる存在だった。  ちなみに余談だがこの学園には、購買部のお姉さんのことは絶対に“お姉さん”と呼ばなければならないという、よくわからない規則(ルール)が存在する。教師たちもそう呼んでいる。もし万が一、まかり間違って“おばちゃん”などと呼んでしまった日には、すべてのパンの包装ラップが弾け飛という伝説が語り継がれているのだ。  
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