アンズを求めて三千里

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 そのまま千里は、下界に広がる校庭とは逆の方向へ歩を進ませ、フェンスに身体を預けた。そこがいつもの彼女の定位置だった。 「………………」  手に持っていた袋からパンを取り出し、一口かじる。口にした者を唸らせる至極のパン。今日だけは、パサついているような味がした。千里がこのパンを食べ始めた時期は、今から約一年前。二年生になった最初の方だ。まだ桜が舞っていたから、春頃だったと思う。  千里の両親は、数年前に事故で亡くなっており、それ以降一人で逞しく生きてきた。そのため、昼はいつも弁当持参だったのだが、大雑把な千里は次第に毎朝弁当を作るのにも飽きて、学食を利用し始めた。そこで初めて、このパンに出会ったのだ。あまりの美味しさに、思わず悶えてしまったほどだ。聞くところによると、一日二個限定なために開始数秒で売り切れる幻のパンだったらしい。これを千里が買えたのは本当に偶然だった。  それからというものの、千里は毎日これを食べるために、四時限目が終わるか終わらないかの境目ギリギリに疾走しているのだ。最近では完全に終わっていないが。  
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