アンズを求めて三千里

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 翌日の四時限目チャイムが鳴る数秒前。教室からエスケープした千里に、女担任教師の怒声が響く。 「澄谷ぃ! お前いい加減にしろよっ。登場するたびに怒るシーンしかない私のことも考えろや!」 「すまん、先生!」  昨日は張り合いがなかった。ライバルがいないと限定のパンも美味しくない。千里は走りながら、祈っていた。 (今日は来てるよな……)  一階が近付くにつれ、心拍数が早くなっていく。全力で走ったからそうなるのは仕方がない。 「お姉さん、いつもの!」 「あらあら千里ちゃん。こんにちは」  購買部の女性はいつもの優しい聖母のようなスマイルで、千里にYC3パンが入ったビニール袋を手渡し、お代を受け取る。 「今日もあの子は来ないのかしらねぇ?」 「う……」  辺りを見渡しても、人影は見当たらない。桜の花びらが数枚舞っているだけだ。 「あんまり美味しくなかったのかしらねぇ」  女性は困った顔で首を傾げている。そんなことはない。少なくとも杏子は、このパンを気に入っている筈だった。  
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