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『──それでは今年着任されました教諭の方々から一言ずつご挨拶を賜りたいと思います。』 マイクで拡張された教頭の声がスピーカーを振動させて黄色い声を拡散しながら講堂に響き渡る。 それさえも私には遠くに聞こえて。 マイクを手渡されて一歩前に進み出た彼に、周りのざわめきがしんと静まり返る。 『この春からこの高校に赴任しました、本間 俊輔(ホンマ シュンスケ)です。』 馴染まない声。 小さい頃より低くなったその声が、いやに耳に張り付いて記憶と共に私を揺さぶる。 整理したはずの箱の中身をひっくり返された気分だ。 なんで、今更。 頭の中がこんがらがって、上手く身体の機能がついていかない。 息苦しいのは熱気のせいだけじゃないのがわかる。 鼓膜を離れないその声を意識して心なしか鼓動が加速した気がする。 『先程も紹介に預かりました、3年E組の副担任それから3年の化学を担当します。 苦手意識の強い教科だと思いますが受験生を受け持つということで受験に向けてサポートしつつ、なるべく分かりやすい授業をしていこうと思うのでよろしくお願いします。』 軽く頭を下げる仕種に拍手と再び女子たちの間からざわめきが起こった。 他の新任教諭の挨拶には興味がないとばかりにざわめきはその後も止まない。 耳にも入らない口パク状態の新任教諭の挨拶など目もくれず、気付けば私は食い入るように彼を見つめていたらしい。 何を勘違いしたのか紗雪がからかうように笑った。 「杏はああいうのがタイプだったんだ」 「…え?」 「違うの? ガン見してんじゃん」 「ち、違う違う、違うから!! ありえないし!」 私は慌てて首を振った。 違う。 そんな、こと……。 一瞬記憶の欠片を拾いそうになって、私は慌ててそれをやめる。 断固たる否定に、紗雪はパチパチと目をしばたかせて怪訝な顔で首を傾げた。 「……イケメン、だなって…見てただけ」 その言葉に顔は前を見たまま紗雪は首を縦に振って頷いた。 「だよねー、カッコイイ。」 アレ絶対モテるわ、と興奮気味の彼女を尻目におずおずと壇上に立つ彼を見つめる。
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