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2年上がると、佐久間 綾とは別のクラスになった。
それが特権になりうる事もある。
佐久間はいつも本を読んでいる。だからいつも教室にいる。
廊下から2番目1番後ろの席。
「佐久間、数学の教科書貸して?」
「…教科書持ってるの?」
本にしおりを挟んで、溜め息、横目、常温の声。何も変わらない。
「持ってる。けど忘れたの」
忘れた。のは3回目。
「それは持ってるとは言わない」
しおりを挟んだ本を彼は静かに机に置いた。
「やだー佐久間くんってば怖ーい!」
佐久間のとなりの席の男子が、女子の真似をして笑っている。
「うるさい」と佐久間が言うと更にケラケラと笑う。
「だめなら、他当たるからいいよ」
わたしが佐久間以外に1年の時に同じクラスだった子は居ないか、
わざとらしく爪先立ちをして、わざとらしく教室を見回していると、
佐久間のとなり男子が言う。
「俺の貸そうか?ラクガキだらけだけどー!」
けらけらと笑って、ロッカーに仕舞っているのであろう、
教科書を取りに行こうと椅子に上げていた片脚を下ろす。
「…はい。そのあと使うからすぐ返して」
ぶっきらぼうに素早く、佐久間から教科書を渡される。
胸に叩きつけるかのような動作に「わ!」とわたしは声を上げた。
「やだー佐久間くんっば、優しーいー!」
そんな女子が今の世に存在するのなら、1度拝んでみたいと言う意味で笑う。「終わったらすぐ返しにくるねー」そう言って教室をあとにした。
左手で教科書の背を持ち、右手の親指で紙をパラパラと送る。
とあるページで小さく口を開く教科書。
挟まれているのは二つ折りのルーズリーフの切り出し。
教室の前方では英語の先生が何かジョークを言っている。
『 田口、いつも教科書借りにくるひと、彼氏いるのだって。』
綺麗な彼の字のその下、余白に書き込む。
『 田口って教科書ラクガキだらけのひと?
知らないって言っておけばいいんじゃない?』
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