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杖を掴もうとしている右手の袖口を見た。
手首が無い!俺はぎょっとした。その手首の無い手で一生懸命杖を持とうとしている。
「おばあちゃん、そっちの手は無いじゃない。左手で持てる?」
俺が声をかけると、老女は、ああ、と言うように、今度は左手で杖を持とうとする。
そこで俺は初めて、左手も無いことに気付く。
両手無いのに、どうやって杖を持って電車に乗ったんだ。
俺は怖くなって、後ずさりした。
すると、後ろで派手な音がした。
先程のサラリーマンが床に転倒していた。
大丈夫ですか?と声を掛けようとし、俺は、あっと体を震わせた。
手も足も、おかしな方向に曲がって倒れている。
おかしい。この電車はおかしい。
俺は慌ててその電車から飛び降り、駅のホームへと降り立った。
電車は終点と言ったにもかかわらず、その二人を乗せたまま、行ってしまった。
「不帰」
ここはどこだ。なんだ、この駅は。時刻表すらないじゃないか。
「駅についたけど、周りに何も無い。人も居ないよ。時刻表もないんだ。」
俺はタカオにメールする。
「うーん、店とか無いのか?線路沿いにさがしてみろ。」
どこまで行っても、周りには鬱蒼とした森しかなかった。何なんだ、ここ。
人が住んでいる気配も無い。あまり線路から離れると迷いそうなので、なるべく線路沿いの道を歩いた。
「マジで何も無い。いっそ線路を歩いて引き返そうか。」
俺がそう返信すると、
「やめとけ。危ないぞ。それより、人を探して道を聞くんだ。」
人を捜せったってどうやってだよ。俺はあまりの人の気配の無さに不安と苛立ちを感じた。
俺はもう一度、タカオにメールしようとスマホを開いた。
ヤバイ、もう充電が無い。
俺が慌ててメールを打とうと思ったら無情にもスマホの電源が切れてしまった。
俺は途方にくれた。唯一、俺の頼みの綱が切れてしまった。朝まで待って、町を捜すしかないか。
途方に暮れながらも、線路沿いに引き返していたら、遠くから灯りが見えた。
助かった。あそこに人が居るかもしれない。真っ暗な道を歩いてようやくたどり着いた。
その灯りは駅の明かりだった。あの駅の手前にももう一つ駅があったのか。
俺は駅舎の看板を見た。
「不帰」
そ、そんなバカな。俺はカエラズから歩いてこっちに来たはずだ。
同じ駅名が二つもあるわけがない。
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