17人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
「雹と呼ばれる殺し屋がいるんだが・・・」
広域暴力団山王会会長の黒崎竜三が、長い沈黙を破る。
黒崎竜三。八十七歳。
最後の侠客と言われる男だ。
額と頬の大きな傷は、戦後の武闘派としての活動の名残である。
地の底から響く様な低く嗄れた声だ。
頭に毛は無く、いつも和服で正装である。手がごつくて大きい。
持っている御猪口が、やけに小さく見える。
いつも密談に使う料亭「華屋」の奥座敷には、
黒崎以外に二人の男が居た。
一人は日本でも有数の私立総合病院「ホムラメディカルセンター」の外科部長、東郷重隆である。四十五歳だが独身。
欲深い目をしている。およそ女性が好む顔ではない。
人間よりもブルドッグの方に顔が近いかもしれない。
目の周りがいつもクマで真っ黒なのは、
寝不足というより、金で囲った愛人との精の乱費が原因だろう。
もう一人は、中国マフィア「七竜会」の幹部の一人、
周龍(ゾウロン)である。
面長で目が細く、あまり感情を表に出さない。
人を暗殺する事で幹部にのし上がったらしい。
趣味が、殺す前の拷問との噂だ。根っからのサディストだろう。
料亭らしい庭の獅子威しの響き音が、一層静けさを際立てる。
「七竜会のトップを消して、周龍さんがトップになれば、
問題無いというわけか」
黒崎は、自分で徳利を御猪口に傾けながら、
そう独り言の様に呟いた。
「今の七竜会の考え、もう古いね。私だけ違う。若い幹部、皆お金の為なら何でもやるよ」
周龍は視線を伏せたまま無表情に答えた。そして加えて言う。
「しかし、七竜会のトップ、李王(リーワン)殺す、とても大変よ。
武道の達人、近くにいつも二人居る」
そう言う周龍の言葉を遮る様に、黒崎は低く鼻で笑った。
「心配いらん。雹は本物の化け物だ。奴は、人の心が読めるんだ」
周龍と東郷の伏せた視線が、黒崎を一瞬捉える。
黒崎は深く息をついた。
「雹をまた使うか。わしも一度顔を見てみたいもんだ」
「黒崎会長。その殺し屋の顔を知らないんですか?」
東郷が初めてまともに口を開いた。
「ああ。わしだけじゃない。雹の顔を見た奴は誰もおらん」
「どんな奴なんですか?」
最初のコメントを投稿しよう!