第1章

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 プロローグ  「雹と呼ばれる殺し屋がいるんだが・・・」 広域暴力団山王会会長の黒崎竜三が、長い沈黙を破る。 黒崎竜三。八十七歳。 最後の侠客と言われる男だ。 額と頬の大きな傷は、戦後の武闘派としての活動の名残である。 地の底から響く様な低く嗄れた声だ。 頭に毛は無く、いつも和服で正装である。手がごつくて大きい。 持っている御猪口が、やけに小さく見える。 いつも密談に使う料亭「華屋」の奥座敷には、 黒崎以外に二人の男が居た。 一人は日本でも有数の私立総合病院「ホムラメディカルセンター」の外科部長、東郷重隆である。四十五歳だが独身。 欲深い目をしている。およそ女性が好む顔ではない。 人間よりもブルドッグの方に顔が近いかもしれない。 目の周りがいつもクマで真っ黒なのは、 寝不足というより、金で囲った愛人との精の乱費が原因だろう。 もう一人は、中国マフィア「七竜会」の幹部の一人、 周龍(ゾウロン)である。 面長で目が細く、あまり感情を表に出さない。 人を暗殺する事で幹部にのし上がったらしい。 趣味が、殺す前の拷問との噂だ。根っからのサディストだろう。 料亭らしい庭の獅子威しの響き音が、一層静けさを際立てる。 「七竜会のトップを消して、周龍さんがトップになれば、 問題無いというわけか」 黒崎は、自分で徳利を御猪口に傾けながら、 そう独り言の様に呟いた。 「今の七竜会の考え、もう古いね。私だけ違う。若い幹部、皆お金の為なら何でもやるよ」 周龍は視線を伏せたまま無表情に答えた。そして加えて言う。 「しかし、七竜会のトップ、李王(リーワン)殺す、とても大変よ。 武道の達人、近くにいつも二人居る」 そう言う周龍の言葉を遮る様に、黒崎は低く鼻で笑った。 「心配いらん。雹は本物の化け物だ。奴は、人の心が読めるんだ」 周龍と東郷の伏せた視線が、黒崎を一瞬捉える。 黒崎は深く息をついた。 「雹をまた使うか。わしも一度顔を見てみたいもんだ」 「黒崎会長。その殺し屋の顔を知らないんですか?」 東郷が初めてまともに口を開いた。 「ああ。わしだけじゃない。雹の顔を見た奴は誰もおらん」 「どんな奴なんですか?」
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