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荒潟の車で蔵に戻る間、俺達は普通に会話を交わした。
彼はもう何事も無かったような態度で、いや、普段より一層明るく話題を提供する。
俺に気を遣っているのだ。
内心では恐縮しつつ、俺も笑って言葉を返した。
別れ際、荒潟は俺に明日の約束までしてくれた。
嬉しいが、複雑な気分だ。
彼が本気で怒った事や、こうして機嫌を取る姿を見るのも初めてで、戸惑いの方が大きかった。
荒潟の車を見送った俺は、蔵の引き戸に手を掛ける。
鍵は開いていて、中に入るとロフトの明かりが灯っていた。
土間で靴を脱いでいると、上から声が降って来た。
「違う。そうじゃないだろ?」
恵巳の声だ。
ギュンも一緒にいるのだろうか?
しかし恵巳の口調は、まるで幼い子供を相手にしているかのようだった。
「だから、そうじゃないって!
わっ!あはは!
擽ったいから!」
その瞬間、俺の頭に、恵巳が女の子とイチャつく姿が浮かんで消えた。
…入り辛いな。
どうしよう?
迷っていた俺だが、土間に女性用の靴が無いのに気付く。
その時、また声がした。
「ギャーッ!やめろ、バカ犬!
あ、ジキル!
おまえまた、勝手にスマホを…!」
ジキルとハイドも上に居ると知って、俺は靴を脱ぎ捨て階段の手摺りに飛び付く。
そして一気に駆け上がり、
「やめろ!恵巳!」
と怒鳴った。
が、目の前の光景は、俺が心配するような状況では無かった。
布団に恵巳が転がり、その上にハイドが乗ってじゃれついている。
枕元ではジキルが腰を下ろし、恵巳のスマホをオモチャにしていた。
女はいない。
猫と犬に囲まれた、微笑ましい場面だ。
俺は急に力が抜け、
「脅かすなよ…。」
と呟いた。
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