第1章

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泉は着替え終わると「さっさと終わらせようぜ」と、これから闘う男に言う。 男は口を開く。「心配せんでも早く終わらせる。お前は死体になってこの屋敷から出て行く事になる」 泉はその言葉に全く反応しない。「ったく、このクソじじい。身内が可愛くねえのかよ」ぼそっと口走っただけだ。 「藤堂、殺せよ」黒崎が言う。 「座敷を血で汚します。すみません」 藤堂と呼ばれた男は泉と向き合ったまま、黒崎にそう謝った。 「いい、いい。畳ごと変える。気にするな」「有難うございます」「では、立会を務めさせていただきます」 鬼頭が泉と藤堂の間に入る。「ああ」泉は気のない返事だ。 「では、始め!」鬼頭が掛け声をかけ、その場から少し距離をとった。富田も後ずさり、泉の脱いだ服を集める。 途端に泉の闘氣が桁違いに上がる。藤堂の闘氣も同様に上がった。「ほう。少しはやる様だな」藤堂の目が鋭く泉を見据える。 「あ、そうだ、泉。一つだけ注文がある」黒崎が思い出した様に言い出す。「何だよ、じじい」 「何でもいいから、泉神円流の奥義を一つ、見せてくれ」「判った」泉は舌打ちし、短く呟く。 その瞬間、藤堂が前へ踏み込み、左右の正拳突きの後、右回し蹴りを泉の側頭部へ放つ。 泉は雷光の様な藤堂の攻撃を最小の動きでかわす。「凄ぇ、泉さん・・・」富田はゴクリと喉を鳴らす。 「泉神円流は、この見切りがすげえんだよなあ。錆ついちゃいねえなあ」黒崎は酒が格別にうまそうだ。 藤堂が二回目の攻撃を仕掛ける。足技は無く、正拳突きや肘技やフックなど、怒涛のラッシュだが、 泉はまるで相手の攻撃を正確に予測している様に、ギリギリで全てかわしている。藤堂の息が切れ始めた。 渾身の攻撃をかわされ続けると、人は想像以上に気力を消耗するのだ。「どうした?もう終わりかい?」 泉はそれまで軽くボクサーの様に構えていた左右の拳を開き、逆手に構えた。 丁度、二つの襖を左右へ開けようとする仕草に似ている。泉の闘氣が更に膨れ上がる。(今まで、本気じゃなかったのか!) 藤堂が驚愕している。 「藤堂!わしの顔に泥を塗るなよ」黒崎が酒をあおり、大きく息を吐く。
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