第1章

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この人も、友達が起こしてくれなかったのかなぁ。こんなに静かに寝てるんだから、起こせばすぐ起きそうなのに。 勝手に親近感を感じそうになる。 先生からの名指しと、迫り来る時間切れに後押しされて私は先輩の正面に位置取る。まずは呼びかけから。 「あのー、せんぱーい? もう授業終わってますよ。次の授業も始まっちゃいますよ」 反応がない。寝息に乱れがない。 物音で起きないんだし、声をかけただけじゃ起きてくれないのかもしれない。 かくなるうえは……。 先輩の肩に手を置いわひゃああぁ! なに何なのやわっこい! そんな内心を噛み殺しながら軽く揺する。揺すりながら呼びかける。 「先輩~起きて~、起きてくださいよ~」 また反応なしか……と思っていたら、パチッと目が開いて、目が合った。照れた私がそれとなく目をそらす。 先輩はそのまましばらく私を見て、手を口許に動かしたかと思うと、ふわぁ……あふぅ、と盛大に欠伸をした。目尻で涙がきらきらしていた。 「あなたが起こしてくれたのね? ありがとう、わたし、なかなか起きなかったよね」 「いっいえ、とんでもないです!」 いつまでも肩に置いたままだった手をぱっと離して、お手上げする。 先輩は笑顔だ。 そのとき、音楽室の扉が開いて見覚えのない女の子が入ってきた。見覚えがないから、この人も先輩だろう。 ショートで、少しだけくせっ毛で。だけど男っぽくはなくて、むしろ大人っぽい……不思議な色気がある人だ。 「夏希……迎えに来てくれたの? ちょうど今ね、この子に起こしてもらったんだ」 「りせはいつも自分のタイミングでしか起きないから。それにいつも図ったように起きて、授業には遅刻しないし。でも今日はまだ帰ってこないなって」 そこまで話して、夏希と呼ばれた先輩が私に目を向ける。 「りせが迷惑かけたね。ごめんね、すぐにどくから」 「いえ、ごゆっくり……」 「ほら、早くする。あたしまで遅刻しかねないでしょ」 「ごめんねえ夏希……そんなに怒らないで~」 月輪……先輩が後から来た先輩に手を引かれて連れて行かれた。なんだかんだ仲がいいじゃないか、とそれを見送った。嵐みたいだった。 ふぅ、と席に座って一息つく。すぐに授業が始まる。 でも、嵐のあとは晴れそうなものなのに私の気持ちは全然晴れがましくなく。居心地の良くない静けさがただあって。 椅子に残る先輩の温もりに私は羨ましいものを感じていた。
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