第1章

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「いらっしゃいませ。何になさいますか?」 「ストロベリーをひとつ。カップで」 急いでさっき先輩達を見かけた席の辺りに向かう。先輩達の姿を確かに見つけて、私は安堵した。 そして、先輩達の前に姿を晒してしまってから気付く、後先考えてなかったことに。 2人の目が私を見る。これはもう、どんな目で見られたって文句は言えないだろう。と思っていたのに。 「あぁ、音楽室の。良かったらここでわたし達と一緒に食べましょう?」 月輪先輩が無理のない笑顔でそう言ってくれて、夏希先輩も私を変な目で見たりしなかった。 私はそのたった一瞬で、優しさの意味を知らされた気がした。 さっきとはまるで違う、嬉しさとか色んな前向きな感情でいっぱいになって言葉に詰まりそうになったけれど。 「はいっ」 後輩らしく、元気よく返事ができた。 「あの後、間に合いましたか?」 「大丈夫だったよ。チャイムギリギリでひやひやしたけどね」 なんて言いながらいたずらっぽく笑う月輪先輩と、それを「まったく……」みたいに見てる夏希先輩。 目的どおり先輩達と同じテーブルに座れて、なんかまだふわふわしていて実感がない。 でもなんとかこの状況を作り出せたんだから、ボロを出さないように頑張らないと。 「月輪先輩は……」 「そうだ、わたし達まだあなたの名前を知らないよね。名前で呼びたいし、教えてもらってもいい?」 胸の前で両手を合わせるようにしながら、月輪先輩がそう言う。私はそのお願いに答える。 「はいっ。1年の湯梨……くま……」 「くま?」 私は何かに耐えるように、スカートを握りしめながら続きを口にする。 「熊子……です。熊は熊の熊です。山で遭うとやばい熊です」 「熊子ちゃん……」 月輪先輩が確かめるように復唱する。 「でも、ぜんぜん熊っぽくないね」 夏希先輩がしれっと言う。 「もちろんです、私、熊じゃないですから!」 「あはは。そりゃそうだ」 笑われてしまった……顔が熱くて私は下を向くようにする。 「ふふ、可愛い名前だね」 「えっ。ありがとうございます……」 一瞬だけそう言ってくれた月輪先輩のほうを見て、それからまたバッと下を向く。お世辞だと分かっていても嬉しい。
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