第1章

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 リンと奇麗な鈴が鳴ったような声が聞こえた。ハッとして顔をあげ振り返ると、一番窓に近い角の席の女生徒が、私を見つめてうっとりと笑っていた。  宮橋さんだった。  宮橋さんとはまともに会話をしたことがない。彼女はいつも一人で、教室の隅で本を読んだりアイポッドで音楽を聞いていた。自分以外にも、宮橋さんと話している子を見た記憶はない。女子高でそんな態度をとっていたらイジメられかねないけれど、不思議と宮橋さんは誰からも嫌がらせをされていなかった。彼女の纏う雰囲気がそれを許さなかったのだろう。  そよ風になびく真っ黒なストレートな髪、雪のように白い肌と、灰色がかった瞳。長い指。赤い爪。彼女は美しかった。同世代の子たちは可愛いと形容されるのが普通なのに、宮橋さんは美しかった。私たちと同じ白いセーラー服を着ているのに、まるで彼女だけ特別な衣装を着ているように見えた。  そんな美しい、姫のような女子が私に優しく微笑みかけていたのだ。片方の耳だけイヤホンが刺さっている。その真っ赤なコードは、まるで耳から血を流しているように見えた。 「ねこのおなかはバラでいっぱい。」  リンリンと、透明の鈴が鳴るように宮橋さんは囁いた。私はこのときはじめて宮橋さんの声を聞いた。鈴の音のような声は、私の胸の中にカラコロと音を立てて落ちていく。心臓が急に仕事をし始め、ドクドクと全身がやかましく叫びだす。 「それ、何色なの?」  何か会話を繋ごうとして無理やりひねりだした返答は突拍子もないものだった。宮橋さんはくすくす笑った。現実にくすくす笑う人を初めて見た。そして、紫色だよ。と言った。トントンとアイポッドを、白魚のような指が跳ねている。歌?そういう歌があるのだろうか。
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