第1章

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最近、学校の近くで猫が殺されているらしい。  被害にあった猫はすべて腹を裂かれていて、その死体は道端や公園など適当な所に捨ててあると言う。クラスメイトの何人かは実際に見つけたことがあるそうだ。  小学校では集団での登下校が徹底されたりと、事態は深刻らしい。猫を殺すのに飽きた犯罪者は、だんだんとターゲットを大きくしていくのが定石だと言う。猫の次に大きい生き物として、小学生が狙われるという発想だ。そして私たち高校生はまだ大きすぎるから、目立った対策等はとられない。せいぜい、夜は一人で歩き回るなという注意程度だ。  らしい、とかようだ、とかが続いてしまうのは、私がまだ実際に何も体験できていないからだ。いくら教室で話題になっても、新聞の三面記事を賑わしても、実際に猫の死体を見ていない私には、伝聞でしか話せない。特別見たいと言うわけじゃないけれど、でもブームに乗れていないような、自分だけのけものにされているような、妙な焦燥感を感じる。私も猫の死体が見たい。 「土屋、見たらしいよ?」  前の席の遥は振り返って、彼女の上半身が私の机にのしかかった。片手で眉間を揉みほぐしながら、だるそうにしている。 「頭痛いの?」 「うん。絶対気圧のせい。天気悪いと頭痛くなるんだよね。」  顔を横に向けると、どんよりと濁った雲り空が目に入った。今は六月の下旬、梅雨の真っただ中。教室の中はクーラーがきいているけど、外は蒸し暑そうだ。雨こそ降っていないが、薄暗く、湿度が高そうに見える。  そこで私は初めて、教壇の上でクラスメイトが泣いてることに気がついた。わんわんと子供みたいな声をあげて、友人がぐるりとそいつを囲んで慰めている。 「土屋さんがどうかした?」 「猫の死体見たんだってさ。しかも、自分の飼い猫。」
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