第1章

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『ねこのおなかはバラでいっぱい』  宮橋さんの言葉が脳内に響いている。もしかしたら猫殺しの犯人もこの歌が好きで、だから本当にバラが入っているのかどうか確かめるために猫の腹を裂いているのかもしれない。でも、猫のおなかにはバラなんて入っていない。それが納得できなくて、何匹も腹を裂いている。なんて。  そこでふと遥が言っていた言葉を思い出す。 (あの言い方じゃ、自分で猫の腹裂いて見たことあるみたいじゃん)  もし猫を殺しているのが宮橋さんだったら。私は思い描く。  夜。薄暗い公園。あのキラキラ光るストレートの黒髪を揺らして。真っ赤な爪で握ったカッターナイフで猫の腹を。切り開く宮橋さん。  まさか。と私はそんな妄想を笑い飛ばした。そんなこととで宮橋さんが犯人だと決めつけるなんて、土屋さんじゃないだから。そうえいば今日の土屋さんはなんだか妙にテンションが高かった。昨日猫が死んだのに、どうしてそんな風に振舞えるのか不思議たっだ。楽しそうで、ケラケラ笑っていて、私にも話しかけてきた。 (もう猫は死なないよ)  そりゃあ、死んだ猫はもう殺されることはないけれど。  宮橋さんはお休みだった。今まで気にしていなかったけれど、欠席することが多いらしい。いつものことだ、と遥が言っていた。  国道を抜けて橋に差し掛かる。大きくアーチを描いた橋は歩道が広く、橋の真ん中まで歩いていくと、私は欄干に手をかけて川を見下ろした。ここ数日、小雨とはいえ雨が続いたから、水量が上がってきている。いつもは中洲になっている場所も濁流に飲み込まれていてあとかたもない。空と同じ色をした茶色い川を、なんとなく見つめ続けた。水面を泳ぐ鳥は見当たらない。かわりに上流から流されてきた木の枝がちらちらと波の間から見えた。  そうやって水面を眺めていると、なんだか妙なものが流れてきた。  押し流される流木と違い、ゆっくりと、ぷかぷかそれは流れていた。ぼんやり白く光っている。丸くて、まんじゅうのようにも見える。でももっと光沢があって、例えるならまぐろの腹のように…。  腹。切り開かれる猫の腹。バラが詰まっている猫の腹。宮橋さん。  もしかして、あれは宮橋さんなんじゃ?
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