第1章

8/10
前へ
/10ページ
次へ
  霧のように降る雨を手で拭ってから、欄干に足をかけていっきに川を見下ろす。すると視界いっぱいに濁流が広がる。天気が悪いからか、いつもよりも早く周りが暗くなっていく。白いなにかは、川の底に生えている木かなにかに引っ掛かったのか、流されるのをやめた。ひらひらと流れに身を任せて揺れている。私は目を凝らしてじっとそれを見る。  白く見えるのは服だ。白いセーラー。私の高校の制服。  黒い髪。長い。  あ、顔が見える。  橋から川まではだいぶ距離があって、私の視力がいいとしてもほとんど豆粒くらいにしか見えない。顔の判別なんてまずつかないだろうに、なぜだか私は確信していた。  あれは宮橋さんだ。  宮橋さんの、死体だ。  じゃぼん、と急に大きな水音がした。何かが川に落ちる音だ。しだいに強くなる雨を完全に無視して、私は辺りを見回した。いた。ざぶざぶと音を立てて、誰かが川へ入っていく。頭が黒く見える。多分、男の人だ。知り合いではないと思うが、やっぱり顔の見分けはつかない。男はざぶざぶと川の中を歩いて、宮橋さんの死体の場所までたどり着いた。男は宮橋さんの脇の下に手を入れて、後ろ向きに歩きだす。死体を引き揚げるつもりだ。宮橋さんは体を水面に浮かして、男に引っ張られていく。茶色の川に、黒の髪の毛がさわさわと揺れている。肌が白い。制服よりも青っぽく見える。  男は死体を引き揚げるのに成功した。水の来ないところで宮橋さんを寝かしているようだけれど、私と宮橋さんの間に男が立ってしまっていて姿がよく見えない。目を凝らすと、雨の雫が目に入った。雨はどんどん強くなっているようだ。  男が宮橋さんから離れた。彼女は横たわっている。全身が青白く見える。制服を着ていないようだ。あれ?ということは、裸にされている?  目を凝らす。必死に目を凝らす。宮橋さんは裸だ。全裸の宮橋さんは、ぼんやりと光っている。男が帰ってきた。手には、大きな包丁を持っていた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加