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「お父さん! お父さんッ!」
スマートフォン片手に家中を歩き回る。
ことの真相を確かめたいのに、探している人物は見つからない。
「お父さんってば!」
電話をかけてもメールをしても返事がない。
くそぅ。
逃げたな。
私の父、周防 彬(すおう あきら)は妙に勘が鋭いところがある。
幼い頃は、悪いことをしたら即座に見破られ、困っている時には助けてくれたりと、子供心にどうしてだろうと首を傾げたものだけど。
こういう場合は、つくづく厄介だ。
父が雲隠れを決めたなら、私たち家族では見つからない。
「もう止せ。あの人が、帰ってこなくなる」
そうたしなめるのは、私の母だ。
優雅に紅茶をたしなむ彼女の姿は、昼下がりの有閑マダムといった感じだ。
正確には、キャリアウーマンの休日なのだが。
私が手伝いができるようになるまでは、全ての家事は父がやっていた。
私は自然とこめかみの辺りが細かく痙攣してしまう。
父に話を訊きたくなるよう焚きつけた張本人なのに。
躍起になって捜索しても発見できない。それは彼女が身に沁みている経験だろう。
何か直感めいた力でも持つのか、都合が悪くなると父はふらっといなくなる。いや、家庭不和とかではなく大抵が母の熱烈すぎる愛情表現から逃げているだけなのだが。
連絡手段も絶たれては、お手上げだ。
それでいて、こちらの意志が折れた頃にひょっこり顔を出すのだ。かなり侮れない。
「ムキになって探すと余計に帰って来なくなるから止めてくれ。一晩も戻らなかったら大変だ。いくあてもなく行きずりの女と浮気でもしたら……」
「お父さんにかぎって、それはないと思う」
さらりと問題発言をする母には否定しておく。
あの人は何だかんだ言ってて、結局はこの女性まるごとが好きなのだ。
私に優しいのも自分の娘というより、母と似た容貌だからだと思う。
母には、癪だから絶対に教えてあげないけど。
留守電サービスの音声が繰り返されるスマートフォンを見つめた。
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