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「良い駒だ」
そう言って土方さんが話し始めたのは喜右衛門の裏の顔の詳細だった。
武田さんたちが読み漁った密書からわかったのは、彼は京と長州の連中を繋ぐ橋渡しとなっていたということ。
一介の商人ではありえないことに何度か有栖川宮からも召喚されたこともあるらしいその人は、恐らく長州の人間たちにとってそこそこ重要な位置付けだったことが窺える。
そんな人間が俺たちに捕らえられたと知ったら。
店に隠されていた火器もない。武田さんが下手に目立ってくれたお陰でそれらは周知された筈。きっと奴らは今頃酷く焦っているに違いない。
折しも今日は祇園御霊会(祇園祭)の宵山。
人混みの賑わいに紛れてしまえる今日なら密かに動くことも普段より容易い筈だ。
こんな機を、奴らが逃すだろうか。
「んなわけねぇよな」
にやりと口角を上げるその人に反論する人間はいなかった。
それから、俺たちもまた人を分け、昼間の雑踏に紛れて祇園の会所へと向かうことになった。
そこで所司代や各藩兵と共に町の探索にあたる手筈となったからだ。
万一喜右衛門を狙って屯所に何者かが来ることがあれば八木さんたちにも危険が及ぶ。念の為にと山南さんを含む数人の隊士を残した俺たちの人数だけだと心許ない。
だからこそ、守護職に話を通した筈なのに。
「遅ぇ」
刻限を迎えても兵の現れる気配はなかった。
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