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その言葉に慌てて頭を下げる。梁にぶつけるのだけは御免だ。
その間にも視界はのしのしと揺れる。
反論は受け付けないといった様子の彼に仕方なくあとの言葉を飲み込んで、溜め息混じりにその背を叩いた。
「……わかりましたから。取り敢えず自分で歩かせてください」
流石にこのまま連れていかれるのは嫌だ。
下へ降りると、既に室内はうちの連中で溢れているのか、開け放たれた戸口から差し込む月明かりに数人の浅葱の羽織が見えた。
斬り捨て御免から捕縛へと切り替えたのだろう、土間には後ろ手に縛られた男が猿ぐつわを噛まされ転がっている。
大人しくしてろよ、と念押しして他の様子を見に行った原田さんに言われるがままその場で休んだあと、結局彼も戻らぬうちに俺は四人の怪我人と共に祇園の会所に戻ることになった。
だが間もなく奥沢が死に、新田と安藤も苦痛に顔を歪ませていて。
元気だけが取り柄の平助も額から流れる血に手拭いを真っ赤に染め、ただ胸だけを静かに上下させている。
そんな彼らをすぐ近くで感じていると、人の肉を断つ感覚が掌に戻って頭だけが冴えていく。
本格的に熱が上がったらしい体をぎゅっと握りしめた俺は、ふと、先程話した男のことを脳裏に浮かべた。
朝、漸く戻って来た他の隊士たちと共に屯所へと帰屯すると、体調の悪さに加えて寝不足に疲れ。正直あまり記憶のないまま眠ってしまったらしい。
それからどのくらい経ったのか。
ゆらゆらと微睡みに浮かぶ意識のまま、瞼の向こうに感じた人の気配に思わず手を伸ばし。
ぱちりと目を開いた俺は、そこにあった意外な人の顔に一瞬、言葉を失った。
「……ぇ、おなつ、さん……?」
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