はじめまして

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身体が、ひどく重たい。汗ばんでいるのだろうか、なんだか全身がねとねとして気持ちが悪い。右手を、少し動かしてみる。岩を触っているかのような感触。冷たくてところどころ荒いその表面が、俺の肌に傷をつける。 そういえばどうしてさっきから何も見えないのだろうか。真っ暗だ。目を開けているのか閉じているのかさえ分からない。完全な闇の中横たわる、俺の重たい身体。 じんじんと波打つように繰り返す頭痛。というか俺、何をしているんだ?次第にはっきりとしてきた意識とともに、今自分のある状況に疑問を覚える。俺は今朝、彼女とのデートへ向かったはずだった。十時の待ち合わせに間に合うよう、九時半に家を出た。駅前の映画館まではバスで十五分。バス停まで歩く時間を考えたって余裕はあったはずだ。いや、そうじゃない。問題なのはどうして俺がこんなところにいるか、ということだ。身体は思うように動かないし何も見えない。何日も生ごみを捨てずに放っておいたごみ箱のような、不快なにおいが鼻をつく。 思い当たる節が、全くなかった。俺は動きの悪いその身体を無理に起き上げ、ふらつく身体を支えるようにして足を進める。壁も何もない、進んでいるのか同じ場所で足踏みをしているだけなのか、定かではなかった。 俺は地面にはいつくばるようにして、はいはい歩きをする。地面に触れた両手とひざが、ひどく冷たい。液体に触れたときの感触が、伸ばした左手から伝わってきた。 「うわっ」 思わず声が漏れる。水にしては多いその粘着感に俺は反射的に腕を引く。気持ちが悪い。どこか固形物の混ざったその液体。臭いを、嗅いでみた。つんと鼻を突くようなあの、独特なにおい。おう吐物の、あの臭いがした。 「くさっ、最悪なんだよこれ」 悪態をついた自分の声がやけに響く。 「だ、誰ですか」 張り詰めるような、怯えるような、そんな声が前方から聞こえた。男にしては低い、けれども女の声とはまた違う少年のような声。 俺のほかにも誰かいるのか?返事を、するべきだろうか。緊張感のある空気の中、不快な静寂が俺たちを襲う。 「誰かいるんでしょう、返事をしてくださいお願いです」 再び声が、空間に響いた。震えるその声から伝わる不安、恐怖、それからほんの少しの、期待。 「おまえは誰だ。」
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