――櫻井 彩夏

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「いかがですか~?」 「いかがですか~?どうぞ、ご試食下さ~い!」 日本初の鉄道が開通した明治5年。 『横浜駅』の名称で開業した現在の『桜木町駅』の改札を抜け、私は横浜ランドマークタワーを目指した。 「んむ。」 初夏の眩しい日射しに、私は思わず目を細める。 ランドマークタワーの中の、ランドマークプラザは、私的には数え切れない程に沢山の高級飲食店と、数え切れない程に沢山のジュエリーショップとブティックが軒を連ねる夢の世界。 今日の私は振られ記念。 そう。私は昨日、彼氏に振られた。 5年も付き合って来たってのに、26才になった私が『結婚』を意識し始めて、彼からもソレをほのめかす様な話がチラホラ出始めていたってのに。 『ご免。彩夏より好きな子が出来たから、ご免』だなんて、笑えない冗談よね。 「そうなんだ。良かったね、お幸せに」何て言ったけれど、そんなの本心な訳が無いじゃない。 その瞬間。私の全てが崩れ落ちた気がした。 それから『目の前が真っ暗に』って良く言うけれど、そんなの比喩だと思ってたけれど。 なのに、本当に真っ暗になって、頭をハンマーで殴られた様な衝撃を体感するだなんて。人間の身体って不思議だなんて思って。それで、 それから、彼氏だった、一瞬にして過去に成った男と知らぬ間に別れ、 気が付いたら自宅に居て それで、 それから、 あんなに泣いたのは生まれて始めてで。 だから、 だから、今日はランドマークプラザで、振られ記念に憂さ晴らし。 結婚資金として密かに貯めていた貯金、遣いまくってやるんだ。 年収を軽く越える貯蓄をしたけれど、こんなお金、要らない。全部、全部遣いまくって、捨ててやる。 「いかがですか~!」 桜木町駅からランドマークプラザに直結している[動く歩道]へ乗る為に歩を進めていると、 ピッチピチの、伸縮性に優れた筒状の布みたいな服を着た若い娘達が、露店で一生懸命何かを売っているのが見えた。 「女性限定で、ご試食出来まーす!」 何だろう?女性限定? 明らかに男性受けを狙った服……ってより筒状の布を着させられて、女性をターゲットに売り子をさせられている彼女ら。 何ともちぐはぐな戦略に踊らされながら頑張る彼女らに、若干の同情を感じながらも、私は[動く歩道]に吸い込まれて行った。
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