芽生える

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 母は、可哀想な人だった。  資産家の家で大切に育てられた、世間知らずの箱入り娘。そんな母は、大学で父に出逢い恋に落ちる。  そして母が二十四歳の時、二人は結婚。  翌年にはわたしが生まれ、母は幸せの絶頂にいる――はずだった。 「どうして、パパは帰ってこないの?」  わたしが物心ついたころ、父は数日に一度家に顔を出せばいい方だった。  幼稚園の友達のパパは、毎日一緒に遊んでくれるらしい、と聞いたわたしはよく母を困らせたものだった。  その度に、母は寂しそうにわたしに言い聞かせた。 「サキちゃん……パパはね、おしごとがいぞがしいの。だから、しかたないのよ」  娘とはほとんど顔も合わせない父の代わりに、母はよくわたしと遊んでくれた。  度々、母方の祖父母の家にも行った。祖父母もわたしを可愛がってくれたし、父がいない寂しさはそれほど感じなかった。  父なんていなくても、わたしは幸せだった。  だけどそれは、長くは続かなかった。
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