紙ひこうきの見た世界

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      …………  いつからそこにあったのか。駄菓子屋の主人である老婆は、曲がった腰を重そうに持ち上げながら、それを見やる。  あまりに自然で風景の一部と化していたのだが、よくよく見れば天井からつる下げたスチロール製の玩具の飛行機に混じって、なんだか皺だらけの紙ひこうきが絡まっている。  さてなんだろうね、と思いつつ、紙ひこうきをそっと引っこ抜く。  随分と頼りない飛行機だ、と老婆は小さく笑う。  何度も折り直された紙ひこうきは、随分と歪な形で作られている。翼はどこか曲がっていて、左右のバランスも悪い。これでは真っ直ぐ飛ぶまい。  でも、と老婆は思う。  不恰好だが、しかしこれを作った人間は、一生懸命に作ったに違いない。  どうにか形を整えようとした努力が端々に見られる。  ところで全く関係ないところに唐突にある赤い模様は何なのか。  そんな事を思いつつ、何となく紙ひこうきを手直ししようかと老婆は紙を広げる。   『大切な人のところまで飛びます』  ほう、と老婆は可笑しそうに笑う。  とすると、誰かが自分を大切だと思ってくれているという事か。  あるいは、この紙ひこうきは、誰かの大切な人のところへ飛んでいく途中だったのか。  もしそうなら、こんなところで絡まっていたのは、この紙ひこうきにとっては不本意だろう。  老婆は丁寧に紙を伸ばし、考える。  どういう折り方をすれば、ちゃんと飛べるようになるだろう。  皺の少ない部分を探し、実際には折らずに頭の中でシミュレートしていく。できれば皺の部分を主翼にするのは避けて、あまり負担の掛からない構造に。  そうしてしばらく考え、老婆はおもむろに折り始める。主翼を二重にして補強代わりに。先端は折り畳む。  こういう形をなんと言ったかな、と出来上がった紙ひこうきを見て、老婆はふと思い出す。  こういう形状の紙ひこうきを、俗にセミ飛行機といったはずだ。
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