第1章

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いい加減、溜めこみ過ぎた部屋の惨状と、母の冷たい視線に耐えかね、ようやく本格的に自分の部屋の片づけをする気になった。 流行りの指南書によると、服を手始めに様々な物をカテゴリー別に一か所に集め(ひとつ残らずだ)、己の心のときめきを頼りに取捨選択していくといいらしい。 使うかもしれないという保留は一切なし。 うーん、そうか。 そもそも、ときめきってなんだろうと、事の初めでつまづいていると、母に階下から声をかけられた。 「ちょっと、お姉ちゃん! 買い物行ってきて!」 「えぇぇ」 真っ先に不満の声を上げたが、行くならスキヤキ、行かないなら今日の夕食は野菜炒めよと言われて、私は即座に自分のときめきに従った。 とっさに、手近にあった何かの紙にメモを取り、果てしない作業に一旦見切りをつけて、手にしていたシャツを服の山に戻した。 財布を探して混沌の机をひっくり返し、やっと発掘してさて行こうとメモを掴もうとしたところで、紙の上に乗っているものを見て目を丸くした。 母が買ってきてくれと言った、ネギ(一本)、卵(一個)、砂糖の三品がハガキ大のメモの上にかろうじて乗っている。 これだけしかないのでもっと買ってきてくれということなのだろうか。 でも、いつの間に母は部屋まで来たんだろう? しかもあり得ないことに、砂糖は大さじ一杯分、紙の上に直に盛られていた。 いくらなんでもこれはない。 私はぷりぷりしながら、紙の上の砂糖をこぼさないよう、ネギと卵を持って階下の台所まで行き、流しで野菜を洗っている母の背中に文句を言った。 「もう、なんでわざわざ現物持ってくるかな!」 砂糖を空の砂糖入れに戻しながら言った。 「え、なに? あ、ねえ、シラタキと焼き豆腐も追加しておいて。タカシの食欲だとお肉いくらあっても足りないから、なにかでカサ増ししないとね」 流水の音で私の声が聞こえなかったのか、母は振り向きもしないで言った。 タカシというのは、驚異的な胃袋を持つ、私より10才年下の高3の弟だ。 「もー」 忙しそうな母の様子にそれ以上文句を言うのを諦め、メモに品物を追加して、エコバッグに放り込もうとして気づいた。 先ほど部屋で書いたはずの、ネギと卵と砂糖の記述が消えている。 あれ? とは思ったものの、その時は、さして気にも留めずにもう一度書きこんで家を出た。
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