第1章

5/11
前へ
/11ページ
次へ
三分ほどして、先生が胸ポケットからモンブランの黒い万年筆をつまみ出した。 「俺のだ……」 自分の銘が彫られた軸をしげしげと眺めながら、先生が驚きに目を見張っている。 「信じられない……。十年前に旅先で失くしたんだ」 他にも色々実験し、本やグラスや季節外れの果物をテーブルの上に次々に現すと、先生は深く長いため息をついた。 「まさに奇跡だね。で、他にわかったことは? キミも色々やってみたんだろ?」 もちろんだ。 この一週間で、私に分かったことは以下の通りだ。 ★現れるものは、現実に実在するモノであること(ただし、生き物は不可)。 ★紙に書いた人が、実際に目で見たものでなければならない(ただし、家や土地のように、あまりにも大きなものは不可)。 「見ただけでいいの? 例えば、写真やテレビに映ったものは?」 「あ、テレビや写真はダメです。生で見たものじゃないと」 「なるほど」 「まぁ、十分な検証とはいきませんが、あまり極端なものは下手に試せませんし……」 「確かに……」 「書かれたモノが実現すると文字が消えますが、実現化しなくとも、文字は一日ぐらいで消えてしまいます。それに、案外細かく描写しないと、お砂糖やシラタキみたいに、袋やパッケージなしで直に出てくる場合もありますし、案外使い方が難しいです」 「ああ、だから俺にも詳しく描写させたのか」 「そうです」 「で、当然、お金は試してみたんだろうね?」 「それなんですけど、ちょっと保留中です」 「なんで? せめて、元カレに持ち逃げされた貯金分だけでも取り戻せば?」 「そ、その話は忘れてください!」 以前、うかつにもうっかり喋ってしまった自分が憎い。 その時、「失礼します」と、盆にアイスコーヒーを二つ載せて、部屋に入って来た女性がいた。 「楽しそうですね」 30代半ばぐらいのスラリとした美人だ。 何も聞いていない上に初めて見る人だったので、驚いてポカンと見惚れてしまった。 「あ、ご挨拶が遅れました。私、篠田由布子と申します。いつも結城がお世話になってます」 私が慌ててアワアワ挨拶を返すと、笑顔で「では、ごゆっくり」と優雅に部屋を出て行った。 「先生! いつの間にあんな美人の奥さん貰ったんですか!?」
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加