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先生とああでもないこうでもないと話していると、インターフォンの音がして、由布子さんが応じた気配がした。
私たちは気兼ねなく彼女に任せて話を続けていたが、玄関先で由布子さんの短い悲鳴が聞こえたような気がしてハッと顔を上げた。
――いや! 止めて!! 離して!!
ガシャンと何かが壊れる音がする。
「先生、なんか様子が……」
私が言い終わる前に、先生はすでに部屋を飛び出していた。
私が慌てて後を追うと、由布子さんは何者かに連れ出された直後で、閉まりかけのドアノブを先生が掴んでいた。
玄関のたたきには、白い陶器の一輪挿しが落ちて割れ、挿されていた赤いバラが無残に踏みにじられていた。
「せ、先生!!」
「警察に電話してくれ!!」
「は、はい! あ、でもなんて言えば……」
「ストーカーだ! 由布子はこの二年、ずっとしつこいストーカーに悩まされていたんだ!」
「わ、わかりましした!!」
言い終わる前に、先生はすでに消えていた。
スマホを探してバッグの中を引っ掻き回し、焦りで震える手でやっと警察に電話しながら、私も慌てて後を追った。
エレベータに向かうと、先生が食い入るように階数表を眺めているのが見えた。
階数表は、なぜか下ではなく上に向かっている。
「マズイ……」
先生が低い声で一言つぶやいた。
エレベータが屋上で止まったのを確認し、私たちは非常階段をひたすら全力で駆けた。
息を切らせながら、やっとの思いで屋上に着くと、ラグビー選手のようにガタイのいい男に羽交い絞めにされ、由布子さんが引きずられていくのが見えた。
細い腕を必死に振り回し、なんとか逃れようとしているが、男の腕はびくともしない。
「やめろ!!」
先生が男に向かって叫ぶ。
「うるさい!! この女が俺のものにならないなら、一緒に死んでやる!!」
男がナイフを由布子さんの首元に突き付けながら、屋上の縁に向かって歩いていく。
「せ、先生……」
「くそ……」
このマンションの屋上の柵は、普段業者しか立ち入らないのか、絶望的に貧弱で低い。
オートロックでセキュリティのしっかりしたマンションであることが、逆に災いした。
マンションは7階建てと、高さはそれほどでもないが、それでもここから落ちたら無事では済まない。
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