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私と先生は、そんなプールの山が、一際歪んで潰れているカ所に向かって、びしょ濡れになりながビニールをかき分けた。
ほっそりとした由布子さんの腕が、ビニールプールの隙間から伸びているのが見えた。
「由布子!」
必死で近づくと、由布子さんはびしょ濡れで気を失っている。
息はある。
一見、どこも大きな怪我を負っているようには見えなかったが、こういう場合、外から見ているだけではわからない。
「由布子、由布子……」
先生が、そっと由布子さんの頬を叩いた。
すると、ぴくぴくと由布子さんの瞼が動き、長いまつ毛に縁どられた、大きな眼が開いた。
その目が先生を捉えると、ポロポロと大粒の涙をこぼしながら、先生に向かって腕を伸ばした。
「タカシくん……」
先生は、由布子さんの腕を取ると、壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。
私はその様子にホッとして一気に緊張が緩み、わんわん泣いて通りがかりのおじいさんに慰められてしまった。
まもなく警察や消防、救急車が何台も到着し、辺りは更に騒然とした。
先生は由布子さんに付き添って病院に行ってしまった。
狂気のストーカー男はというと、由布子さんと違って墜ちどころが悪く、重傷を負ったものの危うく一命は取り留めた。
治療を終えたら、殺人未遂で刑務所に収監されることになるだろう。
現場に残された私は、事情聴取で何時間も拘束されたが、ビニールプールの出所については、知らぬ存ぜぬで押し通した。
「空中で突然降ってわいた!」という目撃証言が多数出たが、結局うやむやになった。
由布子さんはその後の検査で、いくつかの擦り傷以外どこにもけがはなく、私たちはホッと胸を撫で下ろした。
彼女の検査待ちの短い入院の最中、一度だけお見舞いに行ったことがある。
何度もお詫びとお礼の言葉を頂いて、却ってこちらが恐縮してしまったが、最後に「タカシくんをこれからもよろしくね」とお願いされてしまった。
「いえいえ、こちらこそです」
「ふふ、彼のあんなリラックスした顔初めて見たわ」
「へ? あれ、リラックスしてんですか? 皮肉とひねくれが通常運転? あ、すみません……」
由布子さんはクスクスと笑いながら言った。
「彼はね、気を許さない人間の前では、完璧にハンサムで優しくて誠実なのよ」
それなら断然、気を許されない方がいいなと思った。
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