第1章

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ある日、銀行の通帳を拾った。 名義は俺と同じ『ナカムラタダシ』という名前だった。 辺りに人はおらず、仕方なく拾うことにした。 明日交番に届ければいいやと思い家に帰宅した。 家につき、電気をつける。一人暮らしは煩わしさもなく楽だが帰ってきて電気がついていないのがネックだ。 「ただいま」 誰も返事をするわけではないが、一応習慣として言っている。 まずは疲れをとるために風呂に入る。 そして、風呂上がりに缶ビールを一杯。 安月給の俺の唯一の楽しみ。 テレビをつけ、ザッピングする。 「いいよなこいつらは。喋ったり飯食うだけで金がもらえるんだから」 画面に映っている芸能人に悪態をつく。 そこへ、携帯の着信音がなった。 鞄から取り出し、見てみる。 実家からだ。 「もしもし」 「タダシ、落ち着いて聞いて。お父さんが車に跳ねられたの」 母親の声は震えていた。 「オヤジが?無事なのか?」 俺は焦っていた。 わざわざ電話をかけてきたんだ。ちょっと考えれば無事じゃないことぐらいわかるのに。 「お医者さんの話だと命はとりとめたけど、頭を強く打って自発呼吸ができないから長期の入院が必要なんだって」 「命は無事なのか」 安堵とともにひとつの疑問がわいた。 母親はなぜ電話してきたのだろう。 こういうと俺がひどい奴だと思うかもしれないが、オヤジは人間のクズである。 オヤジはろくに働きもせず、酒ばかりのんでいた。 酔っては母親を殴り、俺には酒を万引きしてこいという。 親類知人からは金を借りまくって絶縁されている。 母親は酒さえ飲まなければ真面目な人だといつも言っていたが、酒を飲んでいない日を見たことがないので、真面目な姿も見たことがない。 高校卒業後、この生活から逃れるため俺は家を出た。 念の為、母親には携帯の番号を教えていた。 何かあったら連絡するよう言ったが、あんたに迷惑はかけたくないから電話はかけないと断ってきた。俺は無理やり電話番号が書いたメモを渡して出て行った。。 あれから15年間一度も連絡がなかったのに母親が連絡してきた。 よっぽどのことなんだろう。 「それで俺はなにをすればいいんだ?」 母親は言葉に詰まっていた。 数秒の沈黙が過ぎ口を開く。 「お金がいるの…」 絞りだしたようなか細い声だった。 「いくら?」 「月に15万なの」 「そんなにかかるのか」 「生命維持やらなんやら説明されたけどよくわからなくて」
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