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楓との運命的な出会いを果たす、その5時間前一一。
佳奈子は、あるカラオケ店の一室に泉を呼び出していた。
もちろん歌を歌う為ではなく、話をする為だ。
人に聞かれたくない話をするには、カラオケ店が一番うってつけである。
周りの目を気にせずに済むし、堂々と声の限りに相手を詰ることができるから……。
まだ一口も飲んでいない汗をかき始めた烏龍茶のグラスを見つめながら、佳奈子は泉との馴れ初めをぼんやりと思い返していた。
泉 雄介。
コピー機を担当していた営業マンで、コピー用紙の納入や新しい機器の説明などで、週に一度は佳奈子の会社に顔を出していた。
いかにも営業マンで話術に長けていて、行かず後家の梶木部長の懐にも上手く入り込んでいて。
ある日突然、コーヒーを運んだ際にさりげなくメモ用紙を手渡された。
メモには携帯番号と、『暇な時に電話して』という一文だけが記されていた。
慣れてるな、という印象がどうしても拭えなくて。
佳奈子は電話をかけなかった。
そして次に会った時、再びメモを渡された。
そこにはたった一言、『好きです』とだけ書かれてあった。
シンプルだがストレートなその言葉にズキュンときた佳奈子は、その日のうちに泉に電話をかけてしまっていた。
五つ年上で大人な泉に、すぐに自分は落ちてしまい一一…。
交際が始まるまでに、そんなに時間はかからなかった。
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