第1章

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僕は部屋の荷物を纏めている、理由は思い出せない。 開けた窓からは蝉のけたましい鳴き声と肌にベッタリと付きまとうような不快な風とが同時に押し寄せ、思わず表情を歪める。額に滲み出る汗を肩にかけたタオルで拭った。 アパートの小さな一室、この部屋を片付けるのにそう時間はかからない、そう息巻いていた。しかしいざ始めてみると、物はそれほど多くないのに何故だか作業はいまいち捗らない。 段ボールをガムテープで止め、ようやく半分ほど片付いただろうか。屈めていた腰が少し痛むが休むことなく次の段ボールを組み立てる。 時間がない訳ではない。ただ、今は何も考えたくはない、そんな気分だ。 さて、と一人で作業している寂しさを紛らわすために声を出してから立ち上がる。次に取りかかるのはこの小さい一室には不釣り合いなタンス。大きさもあってか、なんとなく避けていた。 一家族分は収納出来そうなのに、果たして使われているのは何割だろうか。そう考えると苦笑いがこぼれるが、まぁいいか、手を動かそう。 このタンスは一番上の段だけ引き出しが三分割されている。左の引き出しを開けると、持ち運び可能な工具セットにルアーが何個か。次に右の引き出しを開けると、クレヨンと色鉛筆のセットがそれぞれと、適当な大きさに切られた裏に印刷のないチラシが入っている。 そうしてまた、なんとなく避けてしまった真ん中の引き出しを最後に開けた。
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