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「………え。……辞める?」
小田博美が昼の休憩で席を外したのを見計らって、佳奈子は退職の意思を女部長の梶木に申し出た。
さすがに唐突だったせいか、梶木は驚いたように目を丸くして佳奈子の顔を見上げた。
「また随分と急ね。結婚でも決まった?」
「………いえ。違います」
(………そうだったらどれだけいいか)
否定しながら悲しくなってきて、佳奈子は梶木から視線を外して目を伏せた。
梶木は腕を組み、ギッと椅子にもたれかかる。
「………理由は?」
「…………………」
部長もお気に入りの泉に騙されていたからです、とはまさか言えるはずもなく。
佳奈子は一晩考え抜いた『退職理由』を口にした。
「その……。手に職を付けたいな、と思いまして。何か資格を取ろうかと」
「………………」
しどろもどろに話す佳奈子を梶木はちらりと一瞥し、すぐにパソコン画面に向き直った。
「そう。わかりました。でも社内規約に則って、一ヶ月は退職できないから。それだけは理解しといてね」
「…………はい」
ペこりと頭を下げてから、佳奈子は自身のデスクへと戻る。
やりかけだった納品書の整理を再開しながら、ひどい虚しさに襲われていた。
(止めてもらえる……なんて思ってた訳じゃないけど……)
こんな仕事、誰でもできる。
そんなことは自分が一番わかっているのに。
こうもあっさり認められると、自分の価値はゼロに等しいと言われているような気がした。
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