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「こーら」
頬杖をついたままボーッとパソコン画面を眺めていた楓は、背後からパシッと頭をはたかれた。
ハッと我に返り、後ろを振り返る。
「昨日はこのくそ忙しいなか早退しといて、今日は心ここにあらずですか? いいご身分ね~」
「…………笹原さん」
はたかれた後頭部を押さえながら呟いた楓に冷ややかな視線を投げてきたのは、隣のデスクの笹原 京子だった。
笹原はドサッとデスクにレセプトの束を置き、ギッと音をたてて椅子に腰を下ろした。
それを見た楓は目を丸くする。
「うわ、笹原さんもう修正終わったんですか?」
「そうよー、朝日奈君が遊んでる間に」
「………………」
皮肉のこもった声に、楓は何も言い返せない。
倒れるなら10日を過ぎてからにしろと言われる程、この時期に仕事を抜けるということは病院事務ではご法度なことなのだ。
「…………すみませんでした」
神妙な声で楓が謝ると、笹原は怒ったポーズを崩してふっと苦笑した。
「でも珍しいわね。朝日奈君が明確な理由も言わずに早退するなんて」
「………………」
「しかも目の下にクマできてるし。よっぽどのことがあったんだなって察しはつくけど」
10も年上の笹原の観察眼はさすがに鋭い。
確かに昨夜は佳奈子のことで頭がいっぱいで、一睡もできなかった。
だからといって、何か答を導き出せたのかと言われれば、全くそんなことはないのだが。
(さよなら…って言われたけど。……このままって訳にはいかないよなぁ……)
昨日目にした佳奈子の悲痛な顔を思い出し、楓はもう何度目かわからない溜め息をついた。
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