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楓はすぐに唇を離し、にこっと佳奈子に笑いかけた。
佳奈子は何も言えなくなり、ただ楓の顔を見返す。
「ご飯は、また今度調子のいい時に行こう」
「………うん」
「でもその前に、挨拶だね」
運転席から楓は佳奈子の家を眺めた。
つられるようにして佳奈子も振り返る。
「一張羅着て、散髪して、気合い入れて来るよ」
「いいよ、そんなの。普通で」
思わず佳奈子が笑うと、楓もようやくいつものように自然な笑顔を見せた。
「………じゃあね、楓」
「うん。また、夜に電話かメールする」
助手席を降りて外に出た佳奈子を運転席から見上げながら、楓は手を振った。
佳奈子が手を振り返すのを見届けると、楓は車を発進させた。
車が見えなくなるまで、佳奈子はそれを見送る。
(………楓には……言えない……)
玄関先で佇みながら、佳奈子はバッグを持つ手に無意識に力を込めた。
泉に言われたこと。
もし、お腹の子供が泉の子供なら。
奥さんと別れて、佳奈子と結婚する、と。
泉はハッキリとそう言った。
自分の心の中は今は楓でいっぱいで、泉のことは本当にもう過去のことだ。
そんな誰も幸せになることのない選択を、自分は望んではいないのに…。
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